| 法名について |
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![]() 浄土真宗の「法名」は仏弟子であることをあらわす名前で、「釈◯◯」と二文字です。 「釈」とはお釈迦さまのことであり、「釈◯◯」という法名を名のるということは、お釈迦さまの弟子(仏弟子)として、仏さまの教えに従ってこの世を生きる身となるということです。 ですから法名は死んでからの名前ではありません。また「戒名」でもありません。 親鸞聖人は、社会の底辺で地をはうような生活を強いられ、戒律を守ることのできない、民衆とともに生きられました。 戒律に生きるということではなく、「釈親鸞」と法名を名のることによって、阿弥陀如来の本願(仏法)にいきられたのです。 また、一般に長い法名ほど値打ちがあり、位が高いと思われがちです。 それは、世俗の価値観を反映した結果だと思われます。 でも法名は、その人の社会的な地位や名誉、財産などとは一切関係なしに「釈◯◯」というただそれだけです。 いま私が、仏さまの暖かいまなざしの中を生かされていることに気づくことによって、いままで縛られてきた世間の価値観を超えて新しい人生の歩みをはじめることができるのです。 つまり、「釈◯◯」という法名は、私たちが阿弥陀如来のご本願のお心を、私の「いのち」のよりどころとして生きていく身となった念仏者の証しであり、真の仏弟子となった喜びと誇りの名のりなのです。 その法名は、「帰敬式」を受式することによって授与されます。 帰敬式とは、仏さまのみ教えと親鸞聖人のお心をよりどころとして生きていくことを誓う大切な儀式で、「おかみそり」ともいいます。 親鸞聖人のお心に学び、帰敬式を受式して、「釈◯◯」の法名を頂き、共どもに浄土への道を歩みましょう。 浄土真宗本願寺派で名付ける法名は、例外無く「◯◯院釈◯◯」、若しくは「釈◯◯」です。 |