葬儀のこころ

人の死、それは人生の最も厳粛な出来事です。特に身近な人の死ほど、つらく悲しいものはありません。

けれども、私たちは哀別の情のみにとどまる事無く、縁ある人の死によって、日頃、気づいていない自分の人生(死生観etc)に気づかされ、
尊い仏縁を深めさせていただく機会としたいものです。

葬儀の日時、招待寺院etc重要事項に関しては、早く(特に葬儀当日が日曜日または祭日になる場合)所属寺院に連 絡し、相談の上決めましょう。

友引etc日の善し悪しにとらわれる必要なありません。日の善し悪しに照らし仏事を営むか否か決定しなければいけない、という事柄は仏教の教えの
どこをさがしても出てきません。
     
本来は暦本(こよみに関する書物)において日の順序を示すもので、ことさらこれらに吉日の選日をつけることは意味の無いことです。

葬儀会場の玄関脇に盛塩・水桶・竹箒etcは置きません。

出棺にあたっては、故人使用の茶碗を割ったり、棺の蓋を石で打ったり、棺を回すetcのことはしません。

清めの塩を使用する習慣は根強いものがありますが、仏教では用いないのが正式です。

弔辞や弔電etcでよく使われる用語で浄土真宗の宗義にふさわしくない言葉があります。
ほとんど一般社会において決まり文句になっているようですが、御法(おみのり)をお聞かせ頂くと、浄土真宗門徒として使うべきではないことがわかっていただけると思います。

 葬儀の流れ ー臨終から還骨までー
 臨終

医師に死亡診断書を書いてもらいます。
     
肉親及び身近な親族etcに連絡します。
     
仏壇をお飾りし、遺体を安置します。  
   仏壇のお飾りについては同HP内「お仏壇の飾り方」を参照して下さい。
     
近所の人に連絡し、町内会(講中)etcの世話役(代表役員)に連絡してもらいます。
この場合、夜分(午後6時から午後10時頃まで)は身近な人だけに連絡し、夜が明けてから町内会に連絡しましょう。
     
所属する寺院に連絡し、臨終勤行(枕経)を依頼します。(夜分は避け、翌朝依頼する)

寺院や葬儀社、近所の世話役と相談して葬儀の日時を決めます。
お仏壇のない家では葬儀社etcに依頼して仮のお仏壇を設け、必ずご本尊(阿弥陀如来、また名号)を荘厳しましょう。
なお、葬儀社に依頼する場合、  所属宗派名(浄土真宗本願寺派)を明確に伝えます。    
本尊については、同HP内「ご本尊」を参照して下さい。

世話人代表(葬儀責任者)の決定・・・葬儀の進行をとり仕切る人で町内会の代表者が なる場合が一般的です。

居住する市町村役場で死亡届・埋、火葬許可証の手続きをする。死亡届とともに、埋・火葬許可申請書を提出すれば、埋・火葬許可証が交付されます。


 納棺

通夜の前にするのが一般的です。
     
俗に湯灌といわれ、沐浴の式をします。
     
浄水を沸かし死者の身体をぬぐい、衣服(白衣に限らない)を着せ、合掌させ念珠をかけ棺におさめます。(納棺)

旅装束や頭に三角巾、三途の川の渡し賃・弁当代とされるお金は不要です。これは故人が迷う事を前提とし、また迷うと決めつけた行為であり、故人に対して失礼です。また、お浄土に生まれるのに草鞋やお金etcの旅仕度は不要です。

 葬儀の打ち合わせ

世話人代表(もしくは葬儀社)と通夜、葬儀について事前に打ち合わせをします。

喪主の決定
  喪主は遺族の代表者であり、故人と最も縁の深い人か、その家督の実質的な後継者がなります。配偶者・子供が一般的です。
  (家督後継者ではない  子供が喪主になっても構いません。その際、姓が変わっていても差し支えありません。)

遺族代表の決定
  喪主と当該家を代表して、世話人代表と相談しながら葬儀を含む全般の儀式進行を取り仕切る人を決定します。

喪主etcを決定すると、喪主・遺族はすべてを世話人代表(葬儀責任者)に任せましょう。
  各世話役の決定・進行・受付・会計・接待・駐車場・配車・炊事・雑務etc


 葬儀社との打ち合わせ

現在では葬儀のほとんどを葬儀社が行ってくれます。そこで何を任せるのかを確認します。

確認事項
*死亡届や火・埋葬許可申請の手続き
*檀飾り・遺影・死亡通知霊柩車の手配・火葬場のバス・タクシーの手配
*テント・机椅子の設営
*記帳簿・会葬礼状の準備、印刷

 会葬者への挨拶文例

本日の葬儀にあってはご導師〇〇寺様をはじめ、たいへん厳粛丁重な儀を執行していただき、ありがとうございました。
       
本日はわざわざお忙しいところをご会葬くださいましてありがとうございました。

一言ご挨拶を述べさせていただきます。〇〇〇〇が〇〇月〇〇日ついに往生をとげました。

(年老いていましたが、私にとりましてはかけがえのない父(母)etcでした。)

      
今や父は如来さまの慈愛の手にいだかれてみ仏さまの国に往生したことを確信いたします。
      
残された私をはじめ遺族の者は新たな決意のもとに、
父(母)etcをみちびき手として一層の聞法と皆様への
御報謝に微力を尽くしたいと存じておりますが、至らぬ者のこととして、かえってご迷惑をかけると思いますが、
なにとぞお力ぞえをお願いいたします。
       
最後にみなさまのご参列をえて
父(母)etcを送ることが出来たことを厚くお礼申し上げます。
       
粗辞ながら挨拶といたします。

 臨終勤行(枕経)

臨終勤行は、お仏壇の前でお勤めしますので、お仏壇のお扉は開いておきます。

お仏壇が無い場合、あるいは他の部屋にお仏壇がある場合は、ご本尊(阿弥陀如来・または南無阿弥陀仏の六字名号)の全体が必ず見え、礼拝できるように工夫して安置します。


 臨終勤行でのお仏壇の飾り方

お仏壇をきれいに掃除し、三具足(香炉・燭台・花瓶)とし、お仏飯をあげ、お灯明をともし、お線香をあげてください。
       
お仏飯は普通の仏飯器に盛って仏壇にお供えします。
       
故人常用の茶碗etcには盛りません。

仏花は赤い色を避けて、樒(しきび・何本でもよい)、または常緑樹にします。

打敷(うちしき)、戸帳(とちょう)は、銀色または白地(白布で作ってもよい)を掛けてください。

遺体は身体を拭い、白布でお顔を覆い、衣服を着用します。その時は衣服を着物の場合、左前にしたり、逆さ着にはしません。
        
遺体は、お仏壇の正面を避け、北枕または西枕に安置します。
        
部屋の都合で出来ないときには、こだわる必要はありません。

両手を胸元で合掌(組み合わせ)させて、念珠をかけてください。

遺体の上には、守り刀etcの刃物類、ほうきetcは置きません。

遺体の枕元には、お茶・お水・お箸を立てた一膳飯etcはお供えしません。枕団子etcもお供えしないでください。

床の間には、他の宗旨が用いる掛け軸(例:西国霊場巡拝譜図etcはかけないでください。

掛軸・額etcに白紙を貼ったり(紙封じ)・逆屏風etcはしないでください。


 臨終勤行配置図



 通夜勤行(納棺勤行)

葬儀の前夜に勤めます。この夜は故人の遺体が現世に存在する最後の夜であり、最後のお夕事(夕べの勤行 )の意味をもちます。

読経が終わると、喪主が挨拶し、通夜のふるまいをふるまいます。限られた時間なのでお斎は出さず、菓子程度をふるまうのが望ましいでしょう。

世話人代表(葬儀責任者)は明日を考慮し、お手伝いをする人etcに早めに解散して頂くように心がけましょう。


通夜勤行とは、本来は肉親やごく親しい人だけが集まってみんなで読経し、故人の生前を偲び、別れ・悲しみの中にも、仏様のお慈悲を喜んだものです。
最近は一種の社交儀礼のようになっていますが、故人を偲びながらも仏法讃嘆の場と心得たいものです。
       
また人間のいつわらざる姿に目を向ける機会でもありましょう。通夜(納棺)勤行の時には、ご本尊(阿弥陀如来像・または南無阿弥陀仏の六字名号)の全体が必ず見え、礼拝できるように工夫しておかけします。

納棺の時に経帷子を着せたり、三角巾・手甲(てっこう)・脚絆(きゃはん)をつけたり、六銭文・杖を持たせるようなことはしません。

棺の上は棺覆い、または七條袈裟で覆い、修多羅をかけてください。修多羅以外の守り刀etcのものは置きません。

参列者が焼香をできる用意をしておいてください。


 通夜勤行(納棺勤行)配置図



 葬場勤行

現在は出棺勤行・葬場勤行を一緒に行っています。

告別式は一般会葬者が故人に別れを告げる儀式です。したがって本来であれば、葬儀と告別式を分けて行うのが正式な形ですが、現在では一緒に 行われています。
        
弔辞がある場合は事前に導師(葬儀を行う僧侶の代表者、普通は所属寺院の住職)に相談しましょう。

弔電については前もって導師に相談してその取り扱いを決めて下さい。

葬儀の飾り付けは、葬壇(葬儀壇・荘厳壇という)の上段には、ご本尊の全体が必ず見え、礼拝できるように工夫して安置します。故人の写真や法名は下段 に置きます。                                 
法名については同HP内の「法名について」を参照して下さい。

浄土真宗はどんな場合でも、こ本尊以外(遺体・写真・位牌etc)に向かってお勤めをしません。

棺の位置は図(下にあります)のように段の上ではなくて、段の前あるいは段の後方に安置してください。段荘(葬儀壇)はご本尊へのお飾りであって、遺体へのお飾りではありません。

棺の上は棺覆い、または七條袈裟で覆い、修多羅をかけます。修多羅以外の刀・写真etcは置きません。

香炉の香は抹香を使用するのが望ましいのですが、線香を使う場合は立てずに長ければ折って寝かせます。

荘厳は五具足(香炉・燭台一対・花瓶一対)です。

供物は餅一対・これに加えて菓子一対・果物一対をお供えします。生野菜・乾物etcは供えません。また、お茶・お箸を立てた一膳飯etcはお供えしません。

花瓶の花は紙華を用います。(紙華は花瓶の双方に2本づつ)
   
焼香卓に香炉・香盒を用意します。

提灯はなくても構いませんが、置く場合、火袋etcには「御霊前」と書かないで、無地または「御仏前」・「還浄」と書いたものを使用します。

供花について、赤色の花は避けてください。

葬儀の後、塩をまいたり、茶碗を割ったりしません。

 葬場勤行配置図



 出棺

火葬場に向かうために出棺の準備をします。火葬許可証を忘れないようにしてください。

 火葬

火屋勤行を行います。喪主以下葬儀会葬者は斎場において順次焼香を行います。

 収骨

収骨にあたり分骨することは、釈迦の御遺骨を御縁のあった8つの地方に分骨したという故事にならったものです。

分骨の予定の無い場合は1つにしておきましょう。そして分骨の必要ができた時に改めて分骨しましょう。

 還骨勤行

遺骨が帰ってくると、お仏壇を荘厳し、遺骨をお仏壇前に安置するか、いわゆる中陰壇が ある場合は中陰壇に安置します。そしてお仏壇の前において還骨勤行を行います。(臨終勤行と同じようにしておく)

中陰壇を置く場所が無い場合は、お仏壇の前で結構です。三具足(香炉・燭台・花瓶)を用意しておきます。
お茶・お水を注ぐ湯飲み・コップ・小皿は使いません。

中陰壇の後方の中心となる壁には必ずご本尊(絵像・またはお名号)をかけて下さい。

最近では還骨勤行に初七日法要(俗にいう仮初日)を兼ねる場合が多くなってきました。

所属寺院へは日を改めて遺族がお礼に参りましょう。

 還骨勤行配置図




            葬儀に際して使用してはならない言葉
使わない言葉 浄土真宗で使う言葉
ご霊前(みたま) 御仏前・ご尊前
祈る 念ずる
冥福を祈る 哀悼の意を表する
天国 お浄土
戒名 法名
故人
引導を渡す おかみそりをおこなう
安らかにお眠り下さい 私たちをお導きください
天国に昇天する 浄土に往生する
草場のかげで お浄土で・み仏の国で往生する
永眠する み仏の国にお還りになる
幽明境を異にする み仏の国に生まれる
黄泉の国に旅立つ

   

 Q&A
 Q なぜ衣服を左前にしたり、逆さ着にはしないのか? また逆さ屏風にしないのか?

A 
平常の所作と逆にすることで、死者を悪霊から守ろうという思想から来ています。また死を異常なこととして受け止める思想でもあります。
これは死者(死霊)をたたるものとして恐れる信仰であり、人間の尊厳性を大きく損なうものであります。

 Q なぜ故人が生前常用した茶碗に御飯を盛らないのか?


飯は元来、仏に食物の恵みを喜び供する意義で供えるものであり、したがってお仏壇に荘厳される仏に対し、供するのであり、故人に対する直接的な荘厳ではありません。ですから仏飯器でお仏飯をお供えするのです。

 Q なぜ「祈る」という言葉を」使わないのか?


必勝祈願という言葉に見えますようにこの言葉は自己の欲望を肯定する方向で使われることが多いのです。
浄土真宗の教えにそぐわない言葉であると言えるでしょう。

 Q なぜ「死装束」・「六銭文」・「守り刀」をしないのか?


死装束は、まず「経かたびら」と呼ばれる白い着物をつけ、両手には「手甲」を付け、足には「脚絆」を巻き、「白足袋」・「草履」、頭には三角形の「頭巾」、首からは「頭陀袋」をつるし、杖を持たせます。

死後の旅に出発するという思想から来ています。頭陀袋には六銭文をいれます。三途の川の渡し賃に使われるためとも、死者の小遣いとも言われています。三途の川というのは、この世からあの世に行く時に渡る川であると言われています。

また旅の途中の魔物に襲われた時のためにと、護身用の刀が棺にのせられます。このような一連の考え方は浄土真宗の教えにありません。

 Q なぜ神棚に白い紙を貼るのか?


神様は死者を死穢(しえ)として忌み嫌うから、その神の目に触れないように白い布で神棚を覆っていたものが、簡略化され白い紙を貼るようになったのです。

*Q 四十九日・三十五日について


四十九日が3ヶ月にまたがると、三十五日にお勤めする風潮があります。これは単に「始終苦が身につく」とのゴロ合わせに過ぎません。

このような迷信的なことに振り回されたくないものです。

ちなみに四十九日は「死苦が抜けるという」ゴロ合わせだそうです。

 Q なぜ塩で清めないのか?


わが国には、死体の腐敗する恐怖心と、それを忌み嫌う風習が伝えられてきました。また塩は昔から悪霊etcを吸収し、
身体を災いの元から切り離すと信じられており、その中から塩で清めるという風俗がなされてきたのです。

この根底には死穢(死体の腐敗による穢れ)思想が存在します。

 Q なぜ友引・大安・仏滅etcにこだわってはいけないのか?


もともと友引・大安・仏滅etcは中国の暦本における暦(六曜)を顕すとされ、友引を例に採れば「友引」とは共に退する、すなわち相引き、
勝負なしを意味したといわれています。それが日本では神道のけがれ思想と結び付き、その日に葬儀を出すと死者が「友」を引くと、
その語義に勝手に解釈を加え忌み嫌うようになったものがその言われです。

ですからこのような日の善し悪しを気にする迷信は人間の尊厳性をそこなうものですから、できればなくしていきたいものです。

 Q なぜ一膳飯を盛膳する事や茶碗を割る事をしないのか?


わが国固有の考え方で、死者の霊魂は死後、私たちの見える範囲を彷徨いており、その恐ろしい霊魂が帰って災いをもたらしては困る、というのが「一膳飯」とその茶碗を叩き割るというまじないで残されてきました。

すなわち、死者が生前使っていたお茶碗に山盛りしたご飯に取り憑いた霊魂を出棺に当たって追放し、家へ迷って帰ろうにも戻りつく場所がないようにするために行われる事柄であります。

ただ、肉親・恩愛・愛別の情を断ち切ろうとの思いもありましょう。

 Q 「冥福を祈る」とは?


冥福を祈るとは死後の幸福をすなわち「冥土の幸福」を祈るという事です。「冥土」とは暗闇の世界です。

亡き人をはじめから暗闇の世界に迷い込むと決めつけた言葉です。

浄土真宗の教えでは弥陀の御本願を疑なく信じる御同行のそのお互いがお念仏申す身にならせて頂いており、それゆえこの身は阿弥陀如来のお救いによって、お浄土に生まれさせて頂けるのですから、真宗の教えにそぐわない言葉であります。

 Q 忌中札について


死者の出た家では四十九日まで忌中の札を貼っているところが多いようです。

真宗ではいたしません。これは死は穢れ(けがれ)であるという観念と結び付いたものです。
      
死忌の穢れや死霊のわざわいを他に及ぼさないように広く知らせ、そして守り防ぐ目的もあったと言われます。亡くなった方の死を自分も後に必ず迎える事柄として真摯に受け止める行為ではありません。
      
故人の人生の最後の締めくくりの目安としてどうしても必要であれば「還浄(げんじょう)」という貼紙をしたらどうでしょうか。

「還浄」というのはいのち」がお浄土に還っていくというお経の言葉です。

 Q 草場のかげで・・・
 

いつまでも身近なところにいて見守っていて下さい。という意味だと思いますが、実際には死者が墓地の周辺(草場のかげ)を迷っているという事柄を顕す言葉です。ですから真宗にはそぐわない言葉です。

 Q なぜ「黄泉の国に旅立つ」と言わないのか?


黄泉の国とは「古事記」に出てくる神道の世界で、死体が腐食しウジ虫etcが這いずり回る穢れなる世界の事を指します。

「古事記」には黄泉の国は「きたなくわるいところ」であると記されています。

そんなところに自分も亡くなると旅立っていくのでしょうか。そうではありませんね。

生きとし生けるものは最終的に弥陀の御本願に誓われる摂取不捨(生きとし生けるもの、その全てを弥陀の建立した浄土に生まれさせる)という御利益により浄土に生まれさせて頂きます。

 Q なぜ「戒名」と言わないのか?


戒名の言われは「戒を授ける(授戒式)によって与えられる名前」の事です。
      
真宗では戒律を守り、仏から指示された仏道修行を励む事を行いませんし、また戒そのものを生身の人間には修する事の不可能な行として定義し、したがって説きませんので授戒式は行っていません。
      
浄土真宗では法名といいます。 
      
法名は仏弟子になったという証に与えられる名前です。

 Q なぜ遺体を北枕にするのか?


お釈迦様が入滅の際「頭北面西右脇臥(ずほくめんさいうきょうが)」の姿勢をとったと伝えられる伝承に由来しています。

 Q なぜ紙華をするのか?


紙華の由来は、お釈迦様が涅槃に入られる際、その死を悼み悲しんで沙羅双樹の花が白く変わったという伝承になぞられ、お釈迦様が涅槃に入る事を、ひいては死者が涅槃に入る事を象徴しているのです。